タッキーの最期

東広島18頭遺棄報告

18匹遺棄犬の内の1匹、姉の家の子になったタッキー(ダックス)が今朝亡くなりました。

 23日にヘルニアになり、行きつけの動物病院より県内でも有名な動物病院を紹介され、手術かと思いまし
た。 

 しかし、タッキーが咳をした事で熱がある事がわかり手術は延期されていました。
(既に後ろ足は動かなくなっていました) 

 病院の休みを挟んだ明くる28日、軟化症だと告げられ痛みが出たら安楽死を勧められました。
(入院してだんだん前足も動かなくなっており、その日はもう前足は動かなかったそうです) 

 その日は一旦家に連れて帰りました。 
家に着くと暫くキョロキョロと見回していたそうです。 

 30分毎に小さな声でクウーンって鳴くので水を与えたが一口も飲まないので、
タッキーの好きなミルクを与えるとペチャペチャ飲んだそうです。 

 同じ病気で亡くなった他の犬の飼い主さんに色々お聞きし、麻薬の様な痛み止めがある事を聞いて、
広島市内の動物病院に電話しました。 

 先生は安楽死をする前に見せて欲しいと言われ、明くる朝見て頂きました。 
ミルクを飲んだ話をすると、注射器で流動食を口に入れるとペチャペチャ食べるのを見て、
「人それぞれ考え方はあるけど、僕は安楽死は性に合いません。以前同じ軟化症になり、
ここまで衰弱した子を手当てして車いす生活にはなったけど、治った子がいます。
良かったら僕に診させて貰えませんか?」 

 姉夫婦は軟化症は治らないと聞いていたので、奇跡を願って先生にお任せする事にしました。 

 29日土曜日の夕方、私と娘と蓮ちゃんとで面会に行きました。 

 奥の部屋でとても清潔な状態で、痛み止めの点滴をされながら横たわっていました。 
  
 蓮ちゃんをそばに抱いて見せると、鼻をクンクンさせました。 
昔一緒に住んでいたのを覚えているかな?、私の家でも短い間だったけど一緒だったのを覚えてる?
と話しかけながら。 
目はどんよりしていましたが、声をかけると目だけ動かしていました。 

 また家に遊びに来てねと別れました。 
それが最後でした。 

 2年前の7月30日夜、東広島市高屋町の団地の前の草地に18匹の犬が捨てられており、かけつけた私や友
人が全部連れて帰る事は出来ないので悩んでいる内、次々とトラックに乗せられるのを見て、最後の3匹の内
の1匹を私が連れて帰ったのがタッキー。 

 とても静かで愛嬌の良いとっても男前な子でした。 
しかし、ヘルニアがあるとわかり、色々な方のアドバイスの中には、ダックスがヘルニアになると将来手術の可
能性を考え、一生ケージの中で動かない生活をした方が良いという意見も聞きました。 

 しかし、何年も散歩に行っていない様子や、安いご飯もろくに与えられていない今までの生活を推測するとと
てもケージの中で一生を送らせる事は出来ませんでした。 

 私の家ではリードを付けた散歩の練習から始まり、姉の家では毎日朝早くから散歩に行くのを楽しみにして
いたそうです。 

 私の家では吠えた事も無いのに、姉の家では来客にはすごく吠えていたそうです。 
自分の家だと認識していたのでしょう。 
私が行っても吠えられてしまいました。 

 たった2年しか生きる事が出来ませんでしたが、それがタッキーの運命だったと思うしかありません。 
姉夫婦にとても可愛がられ、幸せだったと思います。 

 死んだら元の元気な体に戻ると聞きます。 
きっと虹の橋を元気に渡っているでしょう。
2009.8.30sp


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